夕張 3

今は既に夕張遺産となってしまった、 清水沢発電所を訪れた。
夕張清水沢発電所は大正15年に竣工し、68年後の平成3年に閉鎖。
炭都夕張へなくてはならない炭鉱に電力を供給する石炭火力発電所でした。
もちろん石炭は夕張産
私の父は長い間ここへ勤務しておりました。
父に連れられて、中を見学したこともありました。
まるで、巨大な要塞のようでした。
父のアルバムに残る発電所です。

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夕張が元気なころ育った私にはとても懐かしいところです。
すでに完全に解体されていると思っておりました。
もう、過去の遺産としてネット上でもよく取り上げられていました。
写真を見てその変貌ぶりに愕然としていました。でも、一度は見に行きたいと
思いやっと訪れることができました。
概観は残っていました。私のつたない運転では近づくことはできませんが、
概観は昔のまま、巨大な煙突はすでに撤去、中は何もないのでしょうが・・・・
父の日記を読むと昭和30年代になると、安い外国産の石炭が国内の石炭を圧迫
石炭コストの比較がよく書かれていた。
何度も起こった落盤事故、ガス流出事故で斜陽化に拍車、国のエネルギー政策の
転換、ついに平成3年火力発電所を廃止し、清水沢ダムの水力発電所を北海道
企業局に譲渡し、その長きに渡る歴史的な役割を終えたのです。

今現在の清水沢発電所
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周りの風景

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車を止めた橋のあたりに目をやると
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昔のままの草花、ちっとも変っていない。
威圧感のあったズリ山、緑色をしてこんもりとしていました。
長い時間がたったことを改めて感じたが、この黄色の草花でおまま事をして
遊んだことを思い出し、涙があふれた。来てよかった。
亡き父にも報告ができた。
Commented by jaz3216nakakita at 2010-09-05 09:53 x
写真と文章に懐かしき夕張の感覚が蘇りました。見応え、読み応え満載で今、現在の夕張も肌に伝わってきました。
森元君の夕張フォレストも盛況のようで何よりです。ムクドリの近撮に感動。
夕張の教会は北沢食品の方々が信徒代表でお守りしているんですよ。80歳になるボクの小学校の担任が・・・。
夕張のすみずみまで良くレンタカーでの運転とは、頭が下がります。さすがです。ありがとう。
Commented by gonta2kohana1-nak at 2010-09-06 00:15
jazさん、コメントありがとうございます。
ちょっと疲れましたが予定どうり楽しい旅でした。
それにしても、北海道も暑かったです。
残念だったのは鹿の谷小学校へ近づけなかったことでした。
夕張はどんどん変わっていくのでしょうね。
もう、私たちの時代は過去へと押し流されていくように感じました。
変わって当たり前ですが、なんだか寂しさが募りました。
Commented by 千代田297号 at 2010-10-18 18:49 x
さとさん。ご無沙汰しております。
お父様が勤務されていた場所を訪れ、時の流れの厳しさに胸が詰まる感覚。
若輩者ながら、私も同じ気持ちです。
さとさんの瞳で切り取られた心のふるさと。わが夕張に
心の中で熱い涙を流すのは私だけではないはずです。
Commented by gonta2kohana1-nak at 2010-10-18 21:58
千代田297号さん、コメントありがとう。
夕張に帰るともう、私の居場所はないような気持ちになりますが、それでも、帰りたい夕張です。
自然だけは昔のまま、あのにぎやかだった夕張はいつも心の
どこかにあって、それが望郷の念をかきたてるようです。
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by gonta2kohana1-nak | 2010-09-03 16:47 | ふるさと夕張 | Comments(4)

いつのまにやら、黄昏時にさしかかた さとおばさん(さとばあちゃんかも?)、いつもエネルギーをもらうワンコたちとの日常


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