寒い寒い、那須へ来ている。
最近はやりの塩麹、どんな料理にも合う、隠し味として流行りだそうで あるが北海道では昔から、魚の麹漬けにさざなみ漬け というのがあった。 札幌へ行くと米麹で魚をつけこんだ佐藤水産 の鮭のさざなみ漬けを買ってきていた。美味しいです。ときどき、マネして作るが これも、塩麹になるのかな。 私の麹漬けはやっぱり、ニシン漬け この漬け物には寒さが必要 暮れに、漬けて帰り、ひと月たったので、試食と、家のお風呂の 取り換え、石造り風呂から、石は冷たくて、ユニットバスへ取り換え、 お風呂が広すぎるから、小さくする工事、去年から頼んでいたが やっと今年になり、始まった。 大工さんとの打ち合わせ、こちらの要望などのため来た。 寒い中、本当に寒い、今年は。 やってきました。 昨日は夜温泉からの帰り、-8℃ ブルブルです。 私のニシン漬け 乾干しの身欠ニシンを、米のとぎ汁で、一晩つけて、柔らかくする。 ![]() 一口サイズへ切って、野菜も用意 大根、キャベツ(昔はかいべつと言っていた大きなキャベツ、 そんなのないから、普通のキャベツ、)がメイン。 ニンジン、キュウリ、色に使うようなもの、生姜モ刻みで。 ![]() 麹 ![]() 人肌位のぬるま湯に麹をちぎって入れ、2時間ぐらい置く。 適当に麹に塩を混ぜこんな風に漬けこみます。 ![]() そして、重石をして雪の中に埋めて帰りました。 取り出しました。手がちぎれそうな位冷たい。 ![]() 塩なれして、ニシンもおいしいし、野菜もニシンと麹のうまみで、丁度いい。 今年は美味しくできた。何回かつけてやっと満足。 やっぱり、寒さがいいのだろうと。
先日、友人がとてもいいものをプレゼントしてくれた。
![]() 中身は細い皮 ![]() これは、グリルの掃除にすごい 毎日、弁当のおかずに魚の西京漬け、味噌漬け、照り焼きなどを焼くので、家の グリルは、一回で、このありさま ![]() すぐに水につけて落とすといいのだけれど、たまに、忙しい時など そのままにして出掛けてしまうと後が大変、なかなか落とすのがやっかい。 今までも、色々洗剤を使かったりしたが・・・・ 揚げ物をしたときには、こんな風に使って、油で落ちるように工夫もしていたが・・・ ![]() 油で、焦げ付きにくくするのと、油とりと両方を期待して たとえば、とんかつ 揚げた後、場所もとらないし、揚げ物を置く バットも必要なし、片づけもしなくてもすむ。 友人が旅行中、知り合った方が教えてくれたそうで試しに お取り寄せして、プレゼントしてくれた。 さそく、汚いグリルをこすってみると ![]() こんなにピカピカ嬉しい、洗剤も使わないで。
さすが大寒、毎日が寒い~
カラカラ晴天が続いたので、雨、みぞれ、雪はうるおいで喜びたい ところだが、関東もとにかく寒い。明日も雨か雪のようで、家に引き こもり状態。 こちらの寒さは雪国の寒さとは異質、雪は積もらないものの体の 芯までも冷えるように思う。 ワンコたちも、散歩も十分できないが、寒いし、雨で冷たいので用 を済ませるとすぐに帰りたがる。後は寝てばかり。 家は朝はパン食だが、今朝は久しぶりに納豆が食べたいと、 ご飯にした。 この寒い季節、故郷夕張で、子供のころ朝起きると、掛け布団の襟が 息で凍っていたことや、寒さで家がきしむことがあった。家がはしゃぐ などと言っていたが。寒さで、喜んでいるわけではないが。 寒い、雪の朝、「納豆~納豆~」と納豆売りの澄んだ声がしていたこと を思い出す。 売っているのは大人ではなかったように記憶しているが・・・・ 今、思うときっと長靴の中はしばれて(凍って)いたかもしれない。 家の中は石炭ストーブを夜通し炊いていたので暖かいが、外は 本当に寒く、外気温度と家の温度の落差がすごかった。 今思うと石炭ストーブは本当に暖かかった。どんどん石炭を 入れて(くべると言っていたが)、ストーブが真っ赤になることもある ほど燃やした。 背中をストーブに近づけすぎて、背中から湯気がでたこともあった。 ストーブの中の石炭が燃えやすいように突つっく、鉄の棒の道具に デレッキがあったが ![]() 那須で薪ストーブを購入した時、デレッキありますか?と尋ねたが薪 ストーブ屋さんも知らなかった。小林多喜二の小説に出てきていた。 雪かきを(雪はねと言っていた)する道具も竹でできていたジョンバと 言っていたが、もう北海道でも使わないようである。竹は軽かったから 、今はプラスチックで安いものを使うが、今那須で20~30cmの雪 かきでもけっこう疲れる。 子供の楽しみは屋根にできた太いツララを使ってアイスキャンディを 作ること。 人工甘味料サッカリンの容器がガラスの細長い試験管のような形、 その中へ牛乳と砂糖を入れて、割りばしを入れ、ボールへツララを とってきて、塩を振りかけその容器をツララの間にいれて、数時間待つ と、アイスキャンディができた。 ガンガン燃えるストーブのそばでおいしかったな~。 思うに当時、家は冷蔵庫がなかったのであろうか。 何で、塩をツララに振りかけるかわからなかったが、ツララを融けに くくする、凝固点降下という現象と知ったのはずっと後。 車の滑り止めに、この季節塩化カルシュウムを撒いて0℃になっても 凍らないのと同じ作用。 今でも置き薬はあるようだが、子供のころは冬の寒い時期に富山の 薬屋さんが来ていた。 3段ぐらいの行李をしょって、やって来る。「寒かったでしょう」と 祖母が熱いお茶と漬けものを用意してしばし休憩。 子供の私は薬屋さんがくれる風船といってもまん丸ではなかったと 思うが、いろんな色のきれいな風船、薬屋さんの目の前で風船つきを したものである。 嬉しかった。外で遊べないときは風船つきをして遊んだ。 でも薬は苦かったのを思い出す。あの薬は何だったのであろうか? おばあちゃんの漬ける漬けものは美味しいと、氷の粒が入っている 冷たい大根の沢庵漬けと熱いお茶で世間話に花が咲いた。 越中はどんなところなのだろうか。内地(北海道以外のところ)はその 頃は遠い~、遠いところ。 家にいることが多いので 軍手で作る今年の干支、龍 ![]() 車に2匹のシールを貼りました ![]() ![]() 楽しんでいますが、夫いわく、「ばかじゃないの」・・・・
今年もすでに半月が過ぎてしまた。
昔だったら、15日は小正月だったり、成人式でまだまだ正月気分 今日は阪神淡路大震災からもう、17年の歳月が経ってしまった。 3/11の震災で忘れがちではあるが、あのときも高速道路の橋脚が傾いた映像が 忘れられない。強烈な思いがした。神戸はすっかり復興しているが、多くの犠牲者を出し 改めて失われた命に合掌 今年の成人はずいぶん少ないそうで、ベビーブーマー時代の成人とずいぶん違っている 。また、成人式後のひところのばか騒ぎからみると、ずいぶん真面目で、おとなしく、発言も 若者らしい素直で、頼もしい発言が心に残った。 これも震災という、未曽有の体験をして、これからの、人生を真剣に考えていると思われ 好感をもった。 最近は歳のせいか涙腺が緩くなり、特に震災関係の記事や映像で涙があふれてくる。 歳をとって、人生の楽しいことや、悲しいことにむきあう回数が多くなってきたせいなのか・・・・ 今年も思うことは、10ヶ月が過ぎたが震災、原発事故から、まだまだ何も解決していない いらだたしさ。放射能のことが脳裏から離れない。 私の住む松戸市は原発事故のホットスポット、放射線量が高い。 いつもワンコたちの散歩の公園の放射線量もたまに市で、測っている。 昨年の11月の放射線量の値。公園内の掲示板に測定値を示している。 ![]() 値が高いので一日がかりで、市で除染を行った。 除染作業 ![]() 特に小さな子どもたちの遊ぶお砂場は砂の入れ替え、遊具の周りや、ベンチ、水飲み場 などを集中的に行っていた。 除染後、確かに以前よりは少し下がっていたが、正常値からは程遠い。 ここのところ、乾燥した風の強い晴天が続くので、乾いた砂や泥が舞い上がるせいか また以前よりも放射線量が高い。困ったものである。 海や、川の汚染は、これから先何年か後がピークだそうで、政府が終息宣言を出しても それで終わるものではない。心して生活するよりほかない。 今が一番寒い時期、家のワンコたちも、寒そうに寝ている。 狭い、籠の中で2匹で窮屈そうに寝ている。2匹で互いに温め合っているのであろう。 ![]() こんな風に仲良く寝ていると可愛いが、食べ物の喧嘩の時はこの写真がうそのよう。 チビゴン太の寝ている様子 ![]() 少しは心がなごむ可愛いサクラソウの一種 ![]() サンルームが暖かいので咲いています。 今が一番寒い時、故郷夕張は2mの積雪とか 雪が嬉しかった子供時代はどこへやら、除雪が大変とお見舞いしたい。
2012年がスタートしました。
2011年があまりにも悲しい年だったので、これ以上の悲しいことがないと信じております。 今年もよろしくお願いいたします。 元旦は穏やかに家族そろって迎えましたが、午後にまたもや震度4の地震、大したことは ないが、今年も油断してはいけないとの警告と受け止めなければ。 とにかく穏やかな、希望の一年であることを願わずにはいられない。 新年の初めは母の好きだったお正月のお菓子、花びらもちをお供えし、ともに美味しく 頂く。 ![]() 2日は初詣、お墓参りと例年とかわらず、野田の愛宕神社へ もう、30年以上、年に一回お札をいただいてくる。 お参り後は鐘をつくのを楽しみにしているが、鐘がない。どうしたのかと思っていたら 看板が立ててあり、昨年の3/11地震で土台がひっくりかえっていた。 ![]() 古い神社なので、地震でずいぶん被害を受け、修理するところが多く、鐘はまだまだ。 鐘がないのは何ともさびしい。 震災のさらなる復興と、原発事故処理がうまくいくように、お賽銭をはずんで、入念に お参りしてきた。 我が家のワンコ、チビゴンタは暮のいつの日か(ホームレス犬なので生年月日不明)で 12歳、まだまだ元気ではあるが、我が家族の高齢化はどんどん進む。 ![]() こちら、6歳のこはなは今が元気盛り。食欲がすごくて、だいぶ太った。 ![]() 今年は母の喪中なので、お客様も2人のみで、出掛けてばかりいた。 こちらは寒いが毎日晴天が続いている。雪国は積雪が多いようで難儀なことです。 今年は辰年、昇龍のように前進あるのみ。頑張りましょう。
1ヶ月振りで、那須へやってきた。
12月になって、寒さも到来、那須の家の水抜きをしないで帰ってきたので 水道管の凍結を心配していたが、大丈夫で一安心。それほど寒くなった。 直ぐに、漬けてきた、沢庵をみたが、まだ水が十分上がっていない。食べごろはも少し 先になる。お正月と思っていたので残念。 今回は同じ千葉県からの別荘の方とスケジュールが一致し久しぶりにゆっくりとお目にかかり 一緒に韓国家庭料理の「なつめ」さんで美味しく頂く。本当に美味しいのです。 クリスマスは、4家族で、クリスマスパーテイ、とても楽しかった。 那須の放射線は相変わらず低くはない、色々意見の交換や、現在の状況を語り合ったが、 結論は我らはもう、お歳なので、あまり先がないから気にしないということかな・・・ 何と楽観的。 昨日は全国的な寒波襲来、本当に冷たくて、夕方から、雪が舞いだした。 あれよあれよと思っているうちに、積もりだした。 今朝、起きると一面銀世界、15~20cmは積もったろうか。温度も零下4~5度、寒い。 庭は真っ白 でも雪を見ると北海道魂かうきうきする。 ![]() ワンコたちは喜び庭駆け回るとはいかない、家のワンコは寒さが嫌い、それでも外はいい。 ![]() 情けない顔のチビゴンタ 寒いよ~ ![]() ![]() はとも寒そう ![]() 明日はニシン漬けをつけて、暮れの掃除は寒いので簡単にして、帰る。
冬の果物の定番は何と言っても、みかん、りんご
これらもおいしいが、我が家は柿が大好き、それも、渋柿を渋抜きした 平種柿や北海道育ちの私には山形の庄内柿、新潟のおけさ柿、これらを 秋口から順繰り食べていた。 どうも、甘柿や富有柿は苦手、やわらかくて、甘く、ジューシーな渋抜き柿が最高 やわらかくなるまで、待っている。 北海道は柿の木がないのです。 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 子規の有名な俳句ですが、修学旅行で斑鳩の里を訪れ、初めて実感しました。 子供のころは庄内柿が全ての柿と思っていた。 東京へ出てきて、富有柿を(とみあり)柿と勝手に読んで、ふゆ柿の漢字は冬柿と 書くものとばかり思っていた。恥ずかしいが。 今は関東に住んでいるのでどこでも柿は見事なほど実っている。 12月なり柿のシーズンも終わり、さびしいなぁ~と思っていたところ 見つけました。それも、今までに食べたどの柿よりも、甘くジューシーな種類を 福島県会津産の身しらず柿 知らなかった。日本にはまだまだ、この歳になっても知らない食べ物があるのですね。 今、食後、美味しく頂いている。 ![]() たわわに実がつき、柿の木の枝が折れてしまうところからが名前の由来とか。 なるほど、柿の枝に見合ったほどの実をつけなければ、身の程知らずになってしまう。 本当に美味しい。 この柿は放射線は無しです。
さすがに師走も15日が過ぎると、朝夕の寒さも一段と増す。
那須に長く滞在していて、駄目にしてしまった草花も多いが、あきらめがつかず裏の 北側にほったらかしにしていることが多い。 昨日、裏のほったらかしの鉢植えを見ると、とっくに駄目になっていた、ミニバラの白が きれいに咲いていた。虫がついて丸裸だったのに嬉しい。 ![]() 黄色のオキザリスも咲いていました。たくさんあった株がたった1株になってはいたが 可憐な花を咲かせて、蕾もある、急に可愛くなって、植え直し、手入れをした。 げんきんなものである。またたくさん増えると嬉しい。 ![]() 白のクリスマスローズ 例年南の暖かい庭に置いていると、咲きだすのは3月末ぐらい ところが、今年、花が終わって、駄目になりかけ、やはり裏にほおっておいた、 それがよかったのか、真夏の暑さに弱いので、日の当らない北側が幸いしたのか 気が付いたら、花が咲いていた。少し前に咲いたようで、蕾もいっぱい。 嬉しい。 ![]() ![]() 花のない季節は寂しいが、思いがけない草花の強さ、たくましい。大事にしてあげなければ。 季節の花 シクラメン、冬中、鮮やかな色で楽しませてくれる。 ![]() サンルームの中は、ノボタンが元気 ![]() 暖かいので、色がとても濃くなりました。
暖かかった11月も過ぎ、いよいよH23年度もおしまいの師走の入りから、はや、
一週間が過ぎました。 3/11の震災、津波、原発事故に全てが集約される、日本受難の年であった。 日本中悲しい、心配な思いは今も続いている。個人的にも母が亡くなり、一つの区切り 悲しいけど母を見送れてよかったという思いで、今は日々、仏壇へ手を合わせている。 幸い、夫も、私も、ワンコたちも元気で日々暮らしている。 ちっとも収穫のないキュウイーフルーツの棚、大きな葉だけが庭中に落ちて、焼却灰の 放射線の影響で、ごみにも出せない。 とうとう、キュウイーフルーツの棚をやめて、ワンコたちのサンルームにしました。 取り壊す時には今まで楽しませてくれたから、お神酒とお塩で清めた。 新しいサンルームで。 とても喜んで、日が射すと暖かくて御機嫌です。 ![]() ![]() ![]() 寒くなると家に入れていた鉢植えの草花も暖かいので、まだ元気に咲いている。 白鳥草 ![]() この花は2年前、北海道の由仁ガーデンでみてから、ほしいと思い、やっと、小さな苗 が花を咲かせてくれました。 球根ベコニア、黄色はまだ咲いてます。 ![]() ピンクの のぼたん ![]() ハイビスカスはまだ元気で蕾がついている。 ![]() ![]() 那須のお友達から、籐で作るクリスマスリースの作り方を教えていただいたので、 玄関に飾っている。 今年は喪中なので正月飾りもできないから、せめて、クリスチャンではないが クリスマスリースを。 クリスマスリースは葉に殺菌作用と抗菌作用のある常緑樹を玄関に飾り、魔よけするという、 いわれがあるとか。 これ以上、原発の影響が出ないように。大きな地震や津波が来ないように。震災で亡くなく なられた方たちの魂が安らかにとの願いを込めて。 ![]() でも、現実には那須の家の中でも放射線はこんなに高いのです。 ![]()
フェルメールの絵画へ魅せられたのはのいつ頃だったか定かではないが、日本へ展覧会
が来る度出かけている。 何といっても青がとても素晴らしいし、窓から差し込む光の陰影、光の粒をこれほど克明に 描ききっている画家も珍しいと思った。とても、光学に詳しい画家であると。 そして、何気ない日常の生活、働く女性の姿、これも気に入っている。 フェルメールはあの青色を出すために、とても高価なラピスラズリを原料とするウルトラマリン を惜しげもなく絵の具に使用していたという。 ウルトラマリン ネットから ![]() フェルメールはオランダのデルフトという小さな町の出身 デルフトは「デルフト焼き」で有名な陶磁器の町、10月に訪れた有田や伊万里焼の の影響も受けていたのを知った。。 オランダの東インド会社によって輸入された「伊万里焼」はオランダのデルフトで盛んに模倣品が 生産され、「伊万里写し」と呼ばれ、ジャポニズム(日本趣味)として持てはやされたそうです。 ところで、フェルメールトと同じ1632年生まれで、デルフトには、顕微鏡の父と言われている レーウェンフックがいた。 レーウェンフック 微生物の教科書より ![]() レーウェンフックの作った単眼顕微鏡の一つの構造 ![]() a:レンズ b:標本を載せるピン c、d:焦点を合わせるネジ 今の顕微鏡とは全く違っている。レンズは小さなガラス玉、これをよ~く磨いてレンズ にしていた。 この初期の手作りの顕微鏡で、レーウェンフックはミクロの世界を初めて観察、微生物や、 血球、精子も発見したのです。 顕微鏡の歴史の中では、かならず、名前が出てくるレーウェンフック。 レーウェンフックは生物学者でもなく、商人でした。どちらかというと素人の顕微鏡おたく。 デルフトで生まれ生涯デルフトで描き続けたフェルメールの作品のひとつに「天文学者」があり ますが、レーウェンフックをモデルにしたと書かれていました。 ![]() フェルメールは43歳で亡くなったらしいが、青の絵の具にお金をかけ過ぎたのか借金が すごくて妻は自己破産していて、遺産管財人にレーウェンフックがなっているので、あるいは 知り合いか、とも思っていました。 先日読んだ『ルリボシカミキリの青』の著者福岡伸一先生がとても、大胆な仮説をたてられて いるのを知った。 以下ラジオ深夜便より 10月の末、NHKラジオ深夜便にフェルメール大好き、ルリボシカミキリの青に魅せられていた 福岡伸一先生のトーク番組ナイトエッセを聴いて驚いた。 福岡先生が注目したのは、レーウェンフックは自前の顕微鏡で見た観察画付きの研究の手紙 をロンドンの王立協会(当時の世界中の面白い研究の論文などを集めていた)へ200通以上 も送っていた。レーウェンフックは90歳まで生きた長寿の人であった。 福岡先生はその手紙やスケッチがまだロンドンの王立協会の書庫に眠っているので、見せて もらうためにロンドンの王立協会を訪れている。 研究の手紙と添付されているスケッチの観察画を年代を追って調べると1675年までのスケッチ の一枚、「昆虫の足の爪先」観察画を見て非常に驚いたそうです。 つややかな光の陰影のある描き方で素晴らしいものだったそうです。 しかし、1676年以降、スケッチは正確ではあるが、平面的で芸術的にはつまらないもの になっていた。 レーウェンフックは手作り顕微鏡でたくさんのものを観察したが、それをスケッチするのが苦手 で、スケッチを熟達した画家に頼んでいたそうである。 福岡先生は1676年以降はスケッチする画家の手が代わったと考えたのです。 ところで、フェルメールは1675年末に亡くなっているのです。 スケッチ画はフェルメール亡きあと急につまらない描き方になってしまった。 偶然にしては出来すぎているが、もしかしたら、2人にはデルフトという交点もあり、光に対する 特別の思いもある。熟達した画家の存在。 観察画のスケッチはフェルメールの手によるものなのか?と考えられた。 しかし、 フェルメールはスケッチやデッサンなどは何も残してはいないし、わからないが、 フェルメールの描き方の手法は、確かに顕微鏡で光源からレンズに写る標本を観察した時の 手法に似ているような気がする。 フェルメールの芸術と、レーウェンフックの科学との融合と考えると、とてもわくわくする歴史的な 話と思った。フェルメールの作品は世界中にたった37点しか残っていない、それも完成された ものばかりです。 17世紀のヨーロッパは科学や芸術が新しい時代の幕開け、ひょっとしたら、・・・・・ レーウェンフックの存在も一層注目されそうである。 昆虫の足の爪先の観察画を見てみたいし、福岡先生は日本に貸し出してくれるようにロンドンの 王立協会へ依頼しているそうです。 フェルメールの展覧会が今、日本へ来ている。近々訪れる。楽しみがまた増えた。
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